【第5話】ミスに血の気が引いた朝。司法書士入会式の日、僕は走っていた。

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入会式当日。朝一番から、勝負の一日だった。

この日は、司法書士人生の節目となる「入会式」の日。
それでも僕は、朝から机に向かっていた。

なぜなら、自宅に関する抵当権抹消登記の申請が、まさに佳境を迎えていたからだ。

対象は、文京区の区分建物と、それに接する地上権付き敷地。
敷地権が付いていない特殊な区分建物だったこともあり、最初から書類作成には気を遣っていた。

しかも、敷地権が付かない区分建物について詳細に書かれた専門書はほとんどなく、
登記申請書の記載方法にも少し迷いがあった。

ヒントは、父が保管していた古い抵当権設定契約書だった。

ふと、父が保管していた抵当権設定契約書が目に留まった。
その書類には、かつて設定登記をした司法書士による記載が細かく残っており、
区分建物とその面積、家屋番号などの記載方法が明確に示されていた。

「これと同じ形式で作れば間違いないだろう。」

確信を持って、僕は書類を整えた。

実務経験が豊富な司法書士にとっては、当たり前の処理かもしれない。
だが僕にとっては、はじめての区分建物+敷地登記。
試行錯誤を重ねた分、ようやく形になった書類を前に、少し誇らしい気持ちさえあった。

最終チェック──その瞬間、血の気が引いた。

午前8時、申請書はほぼ完成していた。
あとはプリントして、封をして、午後の入会式に向かえば完璧な一日だ──そう思っていた。

ところが、最後の最後で気づいてしまった。

実は…、ある所に不十分な点が…。

一瞬で顔が青ざめた。「やばい、今日出すつもりだったのに……間に合わない!」

申請内容の訂正には時間がかかる。
入会式に遅れるわけにもいかない。

結局、文京区の区分建物と敷地に関する登記申請は、その日諦めざるを得なかった。

気持ちを切り替え、次は台東区の登記申請へ。

落ち込んでいる暇はない。

その日、もう一件──台東区の抵当権抹消登記の準備も進めていた。
こちらは書類も整っていて、オンライン申請にも対応済み。

電子証明書(セコムパスポート)はすでに取得済み。
PDF化した解除証書を添付し、申請用総合ソフトで登記申請書を作成する。

想定外だったのは、書面申請用に準備していた収入印紙(2,000円分)が、オンライン申請では使えず宙に浮いたこと。
(あの印紙は今でも僕の引き出しにある……。)

ただ、オンライン申請に切り替えたことで、台東区の登記申請は無事完了。
ゆうちょダイレクトで費用も支払い済み。これで、あとは待つだけの状態になった。

入会式と、走る夜。

午後、日本司法書士会館での入会式に参加した。
周囲には同じように資格を得た仲間たち。
式典の途中、頭の片隅では登記のことばかりが回っていた。

「今日中にレターパックを出しておきたい……!」

本来なら、翌日でもよかった。
だが、なぜか“今日終わらせておきたい”という気持ちが抑えきれなかった。

式が終わるやいなや、隣にいた人に軽く会釈をして、急いで自宅へ。
レターパックに記入し、書類を一式確認し、マンション下の郵便局へと走る。

投函が完了した瞬間、ようやく一日が終わった。

1件目の申請完了。「司法書士として、ようやくスタート地点に立った」

思い返せば、
・区分建物の特殊性
・登記済証の読み方
・登記事項証明書の取得の難しさ
・法務局での対応
・電子署名とオンライン申請の準備

全てが初めてだった。

けれど、その一つ一つと向き合いながら、
僕は確実に「実務家」としての第一歩を踏み出せたように思う。

この日は、本当に疲れたけれど、
「司法書士として、ちゃんとやっていける」──そう思えた一日だった。

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